ふれあい公園

 元禄2年(1689)3月、江戸から奥の細道の旅に出た芭蕉は、7月27日(陽暦9月10日)山中温泉に着いた。 温泉に浴し8泊9日にわたる滞在で、俳句5句と歌仙(山中三両吟)や「山中問答」など多くの足跡を残している。

山 中 や 菊 は た お ら じ 湯 の に ほ ひ

 昔、中国の桃源郷では、菊の露を飲んで長生きしたと伝えられるが、この湯に浴せば寿命も延びるようで、わざわざ菊を手折って露を飲む必要もないと、湯上りの気持ちを詠んだ。

い さ り 火 に か じ か や 波 の 下 む せ び

 芭蕉はこおろぎ橋上流の高瀬で夜の川魚漁を見物した。川面をこがす漁火に逃げまどい、清流の石に身を隠す河鹿(鰍)の様子を察して詠んだ句である。

桃 の 木 の 其 葉 ち ら す な 秋 の 風

 芭蕉は世話になった宿の若主人(和泉屋久米之助当時14歳)に、自分の俳号である桃青の「桃」の一字を与えて俳号を桃妖(とうよう)と名づけ、この句を贈った。 彼の前途を称えた芭蕉の期待が込められた句である。

湯 の 名 残 今 宵 は 肌 の 寒 か ら む

 旅立ち前夜の句。山中の名湯に長く浴していたいが、明日は出立しなければならない。親切にしてもらったこの地を去るのは実に名残り惜しいことだ。今宵はさびさがいっそうつのってくる。

今 日 よ り や 書 付 消 さ ん 笠 の 露

 今から曾良とわかれて一人旅になる。笠に「同行二人」と書き記し、江戸から苦楽を伴にした旅だったがこの文字も落ちる涙で消すことにしよう。この日、芭蕉は那谷寺へ、曾良は大聖寺へと旅立っていった。

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ふれあい公園の句碑