なきざくらものがたり




古刹 法住寺(ほうじゅうじ)  
 
珠洲市宝立町の法住寺には、なき桜物語が伝わっています。
法住寺は、弘法大師空海が開いた寺で、山門には、珠洲市の文化財になっている木造の金剛力士像があります。
正式には、吼木山法住寺(ほえぎざんほうじゅうじ)といい、伝説に由来する名になっています。






これがなき桜です! 

現在のこの桜は、2代目か3代目になります。
1代目の桜は、この木の横にある小さな木です。
1代目の桜が枯れそうになったとき、幹から出ていた若木を隣に植えかえ、育てたそうです。







なき桜物語
「唐で修行した弘法大師が、あまたの弟子から三国伝来の伝承者として認められ、三杵という宝物を与えられました。それを他の弟子がねたんで、三杵を奪い返そうとしました。弘法大師は日本の海に向かって三杵を投げ、日本に帰ってから全国を探し回りました。そのうちの五鈷杵がこの桜の木にひっかかっていて、木からお経の声がないているように聞こえたそうです。」(話者 法住寺 坊守 佐伯三枝子さん)
*三杵(さんしょ)とは、独鈷杵(どっこしょ)、三鈷杵(さんこしょ)、五鈷杵(ごこしょ)の3つのことで、密教の修法に使う法具。



必見!これが宝物の五鈷杵 

桜の木に引っかかっていたといわれる五鈷杵です。
弘法大師が唐から投げた後の2つは、三鈷杵は高野山の松の木に、独鈷杵は佐渡の小比叡山の柳の木に引っかかっていたそうです。







弘法大師命名の見付島(みつけじま)・着崎(つきざき)

弘法大師が、三杵を探しに全国を回っているとき、珠洲へ船で来て見つけた島を「見付島」、船を着けた場所を「着崎」といい、現在もその地名が残っています。