能登国分寺 のと こくぶんじ




能登国分寺の誕生 
               
天平13年(741年)聖武天皇(しょうむてんのう)は「全国に国分寺を建てなさい」という命令を出しました。しかし、そのころの七尾(能登国)は越中国に合併されていて,また建てる予算がありませんでした。それから100年後,承和10年(843年)能登で活躍していた一族の寺<定額・大興寺>を昇格させて国分寺としました。



復元された南門  
                 
能登国分寺は,たて約160m,よこ約200mの広さがあり,南門を正面に,寺の中には,金堂(こんどう),塔,講堂がありました。昭和45年から発掘調査が行われ,金堂,塔,講堂,南門,塀,建物の跡が発見されました。平成元年からの整備で,朱色の南門や塀が実物大に復元されました









ザ・国分寺を体験体験!
               
展示館には,出土品などが展示され模型やビデオで体験することができます。









ばっちり能登国分寺
               
能登国分寺に詳しい塚林先生のお話です。
国分寺の価値や広さが分かります。








国分寺史跡公園のようす

公園内は広い芝生になっていて,子どもからお年寄りまでグランドゴルフのスポーツや地域のイベントに多く利用されています。