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 沿 革
本校は明治20年(1887年)創立で、創立120周年を迎えた日本でも最も歴史のある工業高等学校です。創立者納富介次郎は九州佐賀藩士で、明治政府の命で石川県金沢の地に本校の前身である、「金沢工業学校」を創立し、その後、富山県高岡に現「富山県立高岡工芸高等学校」、四国の香川県に現「香川県立高松工芸高等学校」、九州佐賀県に「佐賀県立有田工業高等学校」を作りました。創立者を同じくするこの4校は、姉妹校として現在でも交流を深めています。
初代校長納富介次郎について
氏は元佐賀藩士で、同郷の大隈重信、江藤新した。19歳の時、長州の高杉晋作、薩摩の五代友厚らと中国に渡りました。また、2年間の欧州視察、フィラデルフィア万国博の政府視察官となった後、「現場に働く技術者の教育が第一である。」と本校をはじめ高岡工芸高校、高松工芸高校、有田工業高校を創設されました。本校はこの建学の志をうけ、「新しい地域文化の創造」、「活力あるひとづくり」を目指しています。
 校 訓 (第20代校長 羽野禎三制定)
敬愛協和を尚ばう
創意工夫を凝さう
矜持責任を有たう
 方 針
個性・能力を最大限に伸ばし、豊かな情操や知性の育成を図るとともに、新しい地域文化の創造を推進する心身ともに健やかで活力あふれた人づくりを めざす。

自覚を高め、豊かな想像力、合理的な実践力を身につけた勤労を愛好する。

人の育成行動に責任を持ち、広い視野で主体的に判断し、積極・進取の気風のある人の育成。
 目 標
行動に責任を持ち、広い視野で主体的に判断し、積極・進取の気風の ある人の育成。
自然とのかかわりに理解を深め、住みよい地域社会の発展に努める人の育成。
 校 章
図案絵画科の山田敬中(明治31年〜明治41年4月)・加藤一郎(明治33年8月〜明治36年4月)両教諭の合作考案になる雪を図案化したもので雪花とも雪章ともいわれました。
 校 歌
作詞:坂井 敬 ・ 作曲:大西安世(明治44年5月)
改作曲:今井松雄(昭和32年7月)
1. 正面に仰ぐ金城の 松吹く風を身にしめて ここ工業の粋を抜く
若き我等の意気高し 若き我等の意気高し
2. 嗚呼勤勉と誠実は 実にや我等の教草 教えのまゝに励みなば
重き勤めも果たすべし 重き勤めも果たすべし
3. 見よや南の空高く 雲に秀づる白山の 雄々しき様ぞ業終えて
世に立たん日の姿なる 世に立たん日の姿なる


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